カルテ ~凹凸~

『WHO?』
 名前 「岸 裕也」
 男20歳
 170㎝ 
 63㎏

『WHAT?』
 体全体です。

『WHEN?』
 時刻ですか?
 PM8:12です。
 大学から帰る時です。

『WHERE?』
 地下鉄の車内です。

『WHY?』
 隣に座っていた男性の顔を見て。

『HOW?』
 一気にぞわっ!とでした。

『症状』
とにかく体中が寒くなりました。
鳥肌が立ち、手足の震えが止まらなくなり、吐き気もありました。
寒いのは皮膚の裏側、私の肉に直接触れる側が冷たく感じ、治まらない寒気がありました。
呼吸が荒くなり、視界の中に赤色が混じっているような気がしました。
体中の血管全てをミミズなんかの虫が蠢く感触で、とても不快でした。
自分の体が、虫を一杯に詰めた肉袋のように感じ、痒くなり背中が疼きました。
うなじの辺りを撫でられたかのような感触がときおり起こり、ぐっと身を縮めていました。
喉が渇き、食欲が失せ、熱が出て貧血になりました。
目をつぶって過去の良いこと、幸せなことを思い起こそうとし、逆にトラウマを思い出し悪化しました。

『背景』
大学帰り、電車で席に座り、しばらく窮屈なシートに身を埋めていました。
そして隣に座って寝ていた男の横顔をチラと見て、私は総毛立ちました。
男の頬の所のニキビ跡のボコボコした凹が目に入りました。
私は不規則に並んだたくさんの穴、凹みにトラウマがあるのです。
子供のころ、脚に無数の細かな穴が開く夢を見たのです。
目覚めた時、私は汗をびっしょりとかいていて、それなのに体が薄ら寒い感覚を恐ろしく思いました。
それ以来私は磯の岩場、カルメ焼きの表面、大理石の壁、そしてニキビ跡などの穴や凹みの集合に嫌悪を感じるようになりました。
隣に座っていた男のニキビ跡は、私にとてつもない嫌悪感を与えました。
手で口を覆い、読んでいた本を膝に置きました。
私は恋に悩み、恋に恋し、恋に病む思春期の中学生がそうするように、顔を真っ赤に染めて体を丸めました。
そして上の症状が体を蝕みました。
家に着いてから私は食事の前に布団にくるまり逃避することにしました。
しかし眠れないので、病院に来ました。


………
……


「岸裕也さ~ん、アナタの症状に見合ったお薬がわからないので、これ、先生からです」

ヂャラ。

渡された小さな布の袋の中には、一杯にガラスのビー玉が入っていた。
岸裕也は一つを人差し指と親指でつまみとり、指の腹でツルツルした感触を確認した。
手足の震えが治まり、岸裕也は上機嫌で帰路に着いた。

大げさな人もいたものだ。
このような思い込みの激しい患者の処理もまた看護士の仕事の一つである。