亡き友に

僕の友達、マモル。
一ヶ月で死んだマモル。
大好きだったマモル。
格好良かったマモル。



病院で産声が上がった。
元気な男の子が生まれ、マモルと名づけられた。
マモルは元気。

僕の家のお隣さんにそうやって生まれた子供。
マモルは、中学生の僕にとって年の離れた弟のようだった。
家の前で笑顔を振りまいてマモルは遊んでいた。
しかしマモルはどこかおかしかった。
成長が早い。
はやすぎるのだ。
はやすぎて、すべてのものが追いつかない。
普通の考え、理論ではマモルに追いつかず、どんどん先を行かれてしまう。

「ナオ兄、遊ぼ」
「ちょう待ちよ」
外でボールを持って立っている。
アスファルトの地面にしっかりと足をつけて立っている。
路上で足を踏ん張ってボールを壁に投げつけ、跳ね返ってきたボールを素手でキャッチ。
マモルが生まれて二週間。
マモルはもう歩けるし喋れる。
「ちょっと速く投げるけん気ぃつけるんよ」
ビュっと投げたボールを、マモルは華麗にキャッチする。
マモルはすべてを超越する。
マモルの投げ返してきたボールは、もしかしたら僕のより速いかもしれない。
空を切るボール。
躍動する肩。
力強い筋肉。
それでいて髪はさらさらと風になびき、顔は完璧に整っている。
非の打ち所のないマモル。
生物として完全すぎるのだ。
少し遊んで、話して、休んで、それでもマモルは成長する。
一日の初めと終わり、マモルは背が三㎝ほど違う。
僕の腰まであったかと思うと、もうへそまで来ている。
きゃらきゃらと朗らかに笑う可愛いマモル。
周りが驚く成長も本人には当然で、『理』である。

マモルの世界はそうやって作られてきている。

可愛いマモルも、少しずつ格好良くなってくる。
僕のマモル。
僕たちが遊ぶのを不思議そうに恐々と見る大人。
大人にとってマモルは恐ろしいのだ。
危害を加える存在だからではなく、自分たちが知らない未知の存在だから。
自分たちの常識、理論にマモルは当てはまらない。
自分たちとは違う存在。
ひそひそと陰惨な言葉でマモルをいじめる。
それでもマモルはきゃらきゃらと笑うのだ。
「えっへへへ、こげん言われちもナオ兄がおるし、怖くもねぇっちゃ」
頼もしく、周りを否定することなく!
ああ本当にマモルはすごい。


マモルが生まれて三週間目だった。
マモルは夜、外に飛び出てぐるぐると家の周りを歩きながら歌った。
美しい声だったが、大人たちはあまりの美しさに、恐怖を感じて連鎖して狂っていった。
殺される!
僕はそう思って、マモルを家にかくまった。
「なしてそげんこつするんか」
「ほりゃ歌いたかったき歌った」
マモルは悪びれずにそう言うのだ。
小学校に入学できるくらいの見た目だったマモル。
でも歌ったことで、今は3年生くらいになった。
「歌うとると体の奥が熱ぅなって気持ちええんよ」
「ほやかて歌えばみんな怖がる」
「みんなが怖がりよるとナオ兄は歌わんのか?」
「………」

「ナオ兄は歌わんの?」

僕は返事ができなかった。
マモルを家に泊めて、大人がおとなしくなるまで隠した。
歌うのは禁止させた。


ちょうど三十日目。
マモルはまた夜に外に出た。
少しだぼついた高校の制服を着ていた。
僕が気づいたのは、マモルの歌声のおかげだった。
公園に人がたくさんいた。
みんな目が血走っている。
木や遊具にライトが取り付けられていて、公衆便所の屋根の上のマモルを照らす。
誰も上がれず、怖いのか怒っているのかわからない目で見ている。
「お、ナオ兄や」
「マモルなんしとん!」
「歌うんやって」
「何でやって!」
「どんやつも死んだような目ぇしち、おもしりいことないやろ」
マモルの目は輝いていて、制服のだぼつきが少しずつなくなってくる。
丈が合ってくる。
「どかーーん、ち花火打ち上げるき、ナオ兄そこで見とき」
マモルが歌いだす。
みんな騒ぐのをやめて、歌を聞いた。
そして今度はうっとりだかぐんにゃりだかわからない、力の抜けた顔になった。
マモルは美しすぎるのだ。
この世にあってはならないのだ。
僕はそのことが悲しい。
僕のマモル。
一緒の常識で、一緒の理論で毎日過ごしたかった。
でもマモルは歌う。
「ナオ兄!」
「なんよ」
「俺死ぬわ!」
「なんて?」
「だけん、俺死ぬっちゃ」
「ほうか」
「もう駄目みたいやわ」
マモルに時間が追いつこうとしていた。
神が許さないのだ。
マモルがもうすぐで神になれたかもしれない。
でも空気のような存在の目に見えない神が許さなかった。
マモルは口からたくさん血を吐いた。
それでもきゃらきゃらと笑ってそれを受け入れ許した。
みんなが少しずつ泣き始める。
歌が聞けなくなるのがいやなのだ。
そして僕も泣く。
友達が否定されて、悲しくて泣く。
マモルだけが笑顔。
楽しそうだ。
僕だってみんなだって笑っていたい。
でもそれは無理なのだ。

マモルが死んだ。