トイレの瞳さん

近頃のガキはまったく生意気だ。

もっとこう

「夜、女子トイレの右から三番目の扉をノックして花子さんを呼ぶと………」

「いじめをした女の子が花子さんに………」

「真夜中、花子さんの呪いが………」

みたいなおどろおどろしい噂がたってもいいものだ。

私の外見は、花子というには少し派手かもしれない。

風俗店で働いていた時に染めた金髪が残っているし、服装だって、死んだときに着てたローライズジーンズにTシャツというカジュアルなものだ。

理科室から持ってきたアルコールランプを使って、職員室からもらった煙草に火をつけて吸う。

吸うといっても、実際に煙が体内に残るわけではない。

お腹のど真ん中にある大きな穴から煙はどんどん出て行き、開けておいた窓に吸い込まれていく。

まぁその穴が私の死因だ。

蒸し暑い夏の夜、私は母校の小学校の屋上にいた。

借金苦でもう生きていけない。

見せしめに母校で自殺してやる!迷惑かけてやる!

そんな子供っぽい理由で母校を選んだ。

手すりを越えたところに立ち、下を見る。

「あはは、高くて怖いや」

足がすくむ。

帰ろう。

私は恐怖に支配され、そのまま死ぬ気さえも失せてしまった。

決心が鈍る前に早めに死のうと思ったが、こんなに自分が「へぼい」だなんて。

その時、待って、という細い声がした。

誰?見回りの人か?でも声は少女のものだった。

「え、あなたは誰?」

トイレの花子さん、って言っても信じないよね」

少女はうつむく。

私は自分の頭がおかしくなったのだと思った。

だが少女は続ける。

あたしと交換しよ。次のトイレの花子さんになってみない?

少女は言った。

トイレの花子さんはこうやってつながってきたの。

もういやだ、ずっと学校に一人は嫌。

そう思ったら人を殺せばいい。

交換できるから。

少女は言った。

私はもう死ぬ気は失せていたが、少女の顔に浮かんだ影を見て、話をしてみようという気になった。



少女に殺されればいい



ただそれだけでいいのだそうだ。

交換したければ殺せばいい。

トイレにずっと棲むのだ。

そして嫌になって、交換したい時に殺せばいい。

少女は、見た目こそ小学生低学年ほどに見えたが、もうトイレに棲み続けて20年になるそうだ。

先代も、その先代も、もって一年ほどの理性だったそうだ。

耐えられなくなって、生徒を殺して、換わってもらっていた。

目の前の少女も、先代の花子さんに殺された。

よく見ると、後頭部がへこんでいる。

事故を装った花子さんのプッシュにより、窓際に座っていた少女は後頭部から落ちて死んだ。

死んで、ハイっ終わり!より楽しいと思った。

だから首を縦に振ってしまった。

私は少女と換わってやりたかった。

それに一人は慣れているはずだ。

じゃあ死んでもらうね。

手すり越しに彼女は手を伸ばして私を押した。

後ろにのけぞり、そのまま落ちる。

落ちながら、最後に見た少女の顔は悲しそうで、泣いていたのかも知れないほど切なかった。

やさしい少女だったろう。

私のような、自分に死ぬ意思のある人ならという考えで、そのまま20年だ。

しかし、ついに耐えられなくなったのだ。

私は何年もつだろうか。

換わって欲しくて人を殺すだろうか。

私は、落ちた、というか刺さって死んだ。

落ちたところに片付けられていない鉄のポールが立っていた。

お腹に、ポールが根元までぐさり。んで即死。

気付いた時にはトイレに倒れていた。

お腹に穴が開いていたから、これは本当なんだ。

私は新しい自分で今日からを過ごす。


……
………

あれから何年か経った今、学校に流れている噂は

「真夜中、女子トイレの右から三番目に、どんな悩みでも相談してくれるやさしくて、綺麗な、トイレの瞳さんが現れる」

「理科室のアルコールランプや、職員室の煙草がよく消えるのは、トイレの瞳さんの仕業だ」

こんな人(死んでるが、人だろう)をおちょくるようなモノばかりだ。

瞳とは、私の生前の源氏名だ。

夜、この噂を確かめに面白半分でやってきた子供らに、話を聞かせてやった。

子供の方には悩みがあったりして、それもたくさん聞いてやった。

私はいつしか、ここにいることが苦では無くなった。

少し生意気ではあるけど、こんなに素直ないい子たちを殺してまで成仏をしたいなんて思わない。

ただトイレを汚すのは許せないから、どうやったら綺麗に使ってくれるか、目下検討中だ。

私はトイレの瞳さんとして、今日も恋する乙女や、いじめられっこや、友達とケンカしてしまった男の子などの相談を受けたり、たまに一緒に遊んだりさえしている。

明日だって来年だって、20年後だって、私はここに居続ける。

私が活躍するのは、生前も今も、夜みたいだ。

本名、「花子」の私は少女にお礼を言いたかった。

こんなに楽しい毎日を送れるなんて思ってもいなかった。

あなたは何が不満だったの?

とにもかくにも。



…………私を殺してくれてありがとう。