サンタ、再び苦労す。 (下)

翌日、夕方ごろにサンタは手紙に書かれていたコーラやケーキなどを買い込み、サンタ協会本部(神奈川県横浜市)に持っていった。
横には少々の荷物を持ったトナカイも。

日本サンタ協会本部、通称『サンタの森』は、その名に恥じない鬱蒼とした森のような敷地の中に立ってある西洋屋敷である。
表面の赤レンガが見えないくらいにからまりまくったツタが、とても妖しい雰囲気を醸し出している。
これはサンタよりも魔女が住んでいる方が相応しいような感じだ。
一応表札には日本サンタ協会本部と書かれている。
支部は、北は札幌、南は博多まで計15箇所、点在している。
所属しているサンタの数は約300人(2026年現在)で、男女比は8:2ほど。
今回パーティーに参加するのは、横浜支部から10人、五反田支部から5人、宇都宮支部から4人、そして世田谷支部から2人(サンタとトナカイ)の計21人。
なお、上の文に伏線とかは隠されていないので、是非肩の力を抜いてさらっと読んで欲しい。

「あいかわらずすげぇツタだな」
「何だか恐いですよ、サンタさん?」
「正直俺も……」
二人は正門をくぐり、森の中の整備された道を歩いて屋敷の前までやってきた。
屋敷までたどり着くと、まずその屋敷の邪悪な雰囲気に圧倒された。
「何度やってきてもなれねぇな」
「何回来てるんですか?」
「トナカイと違って、サンタは正式な手続きをしたりするのに逐一ここに来なくちゃいけないんだよ」
「ふ~ん」
屋敷のドアをノックするサンタ。
返事は無い。
ドアノブを捻り、勝手に入ることにした。
「いいんですか?」
「いいんだよ、奥の方に行けば誰かいるだろ」
靴は履いたままで、絨毯の上を歩き、細長い廊下の奥を目指す二人。
廊下の奥にはドアが一つあり、そこから光と音が漏れている。
なにやら人の声も混じっていて、騒々しい感じが伝わってくる。






「こんばん……は……」
「ああ~やっほーサンタ! お待ちかね~きゃはははは!!」
そこでは酒宴が繰り広げられていて、十数人のサンタが完全に出来上がっていた。
「酒臭っ!」
「ああ、トナカイちゃんも、やっほぅ!」
「こんばんは…」
ヘベレケになって、焦点が定まらない瞳で一人の二人に話し掛けた。
メリーである。
正統派のサンタの制服を身に纏っている。
白いぽんぽんが先に付いている赤い帽子を被り、そこから金髪の長髪が伸びていた。
宴会の会場になっていたのは、イベントホールのような広い場所で、小学校の体育館の半分くらいの面積。
中央の大きな円卓には、たくさんのキャンドル、ジュース、酒、ケーキ、さまざまなおつまみがのっている。
「ささ、お客様、上着を預かりますよ」
「ささ、お客様、上着を預かりますよ」
「ささ、どうぞ、あなたも一杯」
「ささ、どうぞ、あなたも一杯」
後ろから高校生くらいの双子の少年がサンタのコートを脱がし、続けざまに双子の少女がグラスに注いだ赤ワインを手渡した。
「お、おい……俺は下戸なんだ……聞いてねえし」
双子の兄弟はコートをハンガーに架けて、双子の姉妹はワインを渡すなり明後日の方向へと走り去って行ってしまった。
「宇都宮のサンタ兄弟とトナカイ姉妹ですね。トナカイも双子だったんですねぇ」
「まったく、心臓に悪い4人組だ」
サンタは円卓にワイングラスを置き、おつまみの柿の種を食べた。
買って来たさまざまなものを置いた。

「メリー、もう飲むのやめたらどうだ?」
「まだまら、らいじょーぶ!」
一時間後、無事21人全員が集まり、ほとんど飲み会のパーティーが盛り上がりの絶頂に向かっていた。
下戸のサンタはコーラをちびちびと飲みながらメリーとソファーに座ってパーティーを見ていた。
トナカイは宇都宮のトナカイ姉妹2人と赤ワイン多飲み対決をして、ザルの姉妹に完全に潰されて隅っこでぐったりしていた。
何だか詰まらない気持ちのサンタ。
やはりトナカイと二人で仕事してた方がマシだったのでは……。
酒を飲めない自分がこんな宴会みたいな場で楽しめるわけないか。
「ロレツ回ってないぞ?」
「五反田ーー! 酒追加ぁ!」
五反田支部の5人組サンタ(5色のサンタ服を着ている)に酒を注文すると、メリーはそのままソファーから立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
酒豪たちが全国の子供たちにまだ夢を届けようと奮闘していた頃を思い出す。
何だか変わってしまったようだ。
サンタは子供にプレゼントを配ることに馬鹿みたいになっていればそれで良かったのに、自分が馬鹿みたいだな。
少し淋しい気がしてくる。
この酔っ払いたちに自分の気持ちはわからないんだ、とサンタはしょげていた。
「俺……サンタ…やめよっかな……」
「ちょ、ちょちょちょッ、待っれくらさいよ~!」
そこに泥酔したトナカイが突っ込んできた。
「わ、わわ! 危ねぇ!」
「ふがッ!!」
サンタが咄嗟に避けたため、トナカイはソファーに頭からダイブしてしまう。
ソファーに角が刺さり、中の綿がはみ出す。
「ぬ、抜けないぃ!」
「ちょっと待ってろ、今引っ張ってやるから」
一同の目が一斉に注がれる中、サンタはトナカイを救出する。
枝分かれした角の構造上、引っ張るとソファーの穴が余計に拡がる。
「うおりゃーッ!」
かけ声勇ましく引っ張ると、ソファーが破れ、トナカイが勢いよく抜けた。
そしてそのまま宙を舞う。
足から飛んでいったトナカイは、ドロップキックよろしくメリーの後頭部を思いきり蹴飛ばしてしまった。
「ブっ!!」
上機嫌でウォッカをラッパ飲みしていたメリーは、ウォッカの瓶を手から離してしまい、次はウォッカが宙を舞った。
ウォッカが絨毯にどくどくと流れ出して、沁みる。
そこへ宇都宮の兄弟姉妹が駆け寄る。
「大丈夫ですかメリーさん!?」
んでもって円卓のキャンドルに肘がぶつかって………ウォッカの沁みた絨毯に……落ちる。

ボっ!

絨毯に勢いよく火の手が上がり、会場は一斉に叫び声で飽和する。
「きゃー!」
「うわー!」
サンタは呆然と見ていたが、我にかえるとすぐに駆け出していた。
気絶したトナカイとメリーを小脇に抱えて、屋敷の出口へと走る………。


………
……


「うう……頭痛い……二日酔いかな?」
「御免なさい……私の足が……」
消防隊が消火活動を行っているのを遠い目で見つめながら、サンタはトナカイとメリーの間に立っていた。
「これが本当のサンタ、苦労すってやつなのか……」
「サンタ、去年もそれ言ってましたよ」
「ベリー苦しみます! だね♪」
「メリーさんまで……」
森の‘緑’と炎の‘赤’のクリスマスカラーが映える夜だった。