友達証明

 ドーナツショップで食事をしていたら、老婆が話しかけてきた。俺と黒井は顔を見合わせて呆然としていた。
「さっきから、魔術やらパンクやら、あと、蛇やら悪魔やらの話ばっかしてて……あんたたち一体なんなんだい」
 俺は黒井に「ボケてるから気にするな」と耳打ちをした。老婆は真顔で俺たちを詰問し続けた。
 夏、日差しの強い日だった。暑い往来でしばらく歩いた後に入店したドーナツショップは、空調が効いていて最高の居心地だったのに、老婆のせいで一気に居心地が悪くなってしまった。俺はコーヒーを飲み、黒井はドーナツを食いながら、老婆の話を聞いていた。
「戦後、男はどんどんダメになっていったの。あんたたち、若いのに、こんな昼間に鰐とか蜘蛛の話なんかしてないで、政治の話しなさい」
 黒井の瞼が小刻みに震える。目は老婆をしっかりと見据えている。そして俺は太宰治の二十世紀旗手を読んで関わらないようにしていた。ごめんね。
「あんたちは、ね、ほら、本当に、どういう関係なの?」
「友達です」
 ついに黒井が口を開く。俺はやめろと言いたかったが、老婆に聞こえると厄介そうなのでやめた。そして黒井の言い分を聞く。
「ただの、友達だよ。別に、どんな話してたっておばあさんには関係ないよ」
「あああ? 本当に? なんか証明してみなさいよ。あんたのお友達、本読んでるよ。あんたもね、もっと本読みなさい。読書は人生を実りあるものにするんだよ」
 友達の証明ってなんだよ。俺はページをめくる手を止め、ふと老婆をみやる。そして黒井を。やつは老婆の目をまだ見つめている。曇りのない眼で、しっかりと考えている。友達の証明を考えている。
 馬鹿だな、放っておけよ、とも思ったが、黒井の真剣な目を見ていると、俺も一緒にその証明について考えたくなってきた。証明は難しいので、まずは友達の定義について考えた。
 友達……。友達……。友達……。

1、一緒に遊ぶ。
なるほど、遊ぶのか。それは友達っぽいぞ。でも、それは別に友情がない相手とも遊べるし、ちょっと決定打に欠ける。しかし、「友達」の必要条件の中の一つかもしれない。

2、恋愛的な感情がない。
 1の中で恋人も一緒に遊べるだろう、ということでこれを思いついた。たしかに、友情と愛情とは違うし、これは大きいだろう。だが少し考えてみると、同性愛者はこの境界がとても曖昧なのではないだろうかと思った。 しかし俺も黒井も女の子が好きなのであまり関係ない。

3、共通の趣味がある。
 ふむ、これは些細なことだが、友達になるきっかけでありうる。趣味が違うやつも、ウマが合ったりして友達になれたりするから、これは定義としてはかなり弱いが。

 あとは、あとは、ええと、ほら……。なんだろうか。俺は三つを二秒で考えて、あとは五秒ほど思考停止した。コーヒーカップを持ち上げ、中空で停止させた状態でじっと床を見る。何もその後が出てこない。
 黒井を見ると、やつもドーナツに付着していたクランチを指で潰しながら目を泳がせて考えていた。
 老婆が言う。
「証明できないのかい? できないのかい?」
 若い女の店員がコーヒーのおかわりはいるかどうか訊ねてきた。
「あ、僕もういいです」
「それではごゆっくりどうぞ――そちらのお客様はいかがでしょうか?」
「いいのいいの、あたしゃコーヒーはもういいの。それより、あんた、あんたは本当に店員さんか? 何か証明できる?」
 イカれてるばあさんは店員にも謎かけをした。お前はスフィンクスか。
「いやーそんな証明はできませんね。でも別に証明する必要はないですよね?」
「あたしゃね、そういうの嫌いなんだよ。できなきゃ嘘さ。全てがそうさ」
「でも、証明されなくても困らないから、それでいいんですよ。おばあさん、もっとポジティブにいきましょ? ね?」
 店員はすっと微笑み、俺たちにもその笑顔を向けてきた。かわいい。
「ドーナツがおいしい。ああ幸せだ。これでいいと思いますよ。私は、ね」
 あくまで私はですけどね、と付け加えて、店員は店の奥に消えていった。
 ばあさんは床に倒れ、そのままずるずると這って退店した。すごく滑らかだったので、俺と黒井はおおーっと歓声を上げて拍手をした。こういう空気、これが証明になるかもな、と少し思った。
 自分の孫みたいな年齢の店員に言い負かされた老婆は往来に出て、通りを横切ろうとして自転車に撥ねられた。あらら。あらららら。ららら。ラララ♪ 歌を歌った。すがすがしかった。
                                       
                                          おわり♪