闇風呂

暗~い暗~い風呂場の中で、音は…………自らの呼吸と水音だけ。
目をつぶっても開けてても同じ景色が見えるから、いつしか僕は目をばっちりあけて瞳孔を意識的に開いて暗闇をぎゅんぎゅん吸いこんだ。
手探りで洗髪を済ませて、プラスチックの風呂桶から浴槽の湯を汲んで泡を流す。
でも泡が流れていく様子は全く見えないから、泡を知覚するのは、頭から下へ下へ流れていくのを肌で感じるだけ。
目で見るよりも鮮烈に泡の像が頭の中で結ばれて、汚~いイメージで、川を汚染するイメージで、茶色いねばねばした淀みのイメージで現れて、やがて消えた。
体を石鹸のあぶくで包んで擦るのが、なんだか意味のわからない儀式みたいで、ちょっと怖くなる。
体のあぶくを湯で流したら浴槽に浸かって、湯を両手で掬って顔にぶち当てる。
湯とそのほかの大気? 空気? 空間? との境目は目では全くわからないから、温度と質感の違う形のないもやもやを体にまとわりつかせている感じ。
潜ってみても景色は全く変化なし。
音の伝わり方が敏感になったことで、様々な雑音が耳に入る。
冷蔵庫の製氷機が氷を排出する音、空気清浄機の音、空気の音、水の音、鼓動の音。
温かい空間から顔を出して再び息を吸って吐いてして耳を澄ますと、キーンとなるほど静か。

浴槽の温度表示や追いだき機能、温度設定などができるパネルがあり、そこを入浴中に小さい布でふたをして光を漏らさないようにしていた。
それを外してみると、微弱な明かりが網膜を突き刺した。
何色の光、とかではなくて、ただただ「暗いの反対」「闇の反対」が飛び出ていて、目を背けると、その光によって浴室の中に自分の影が巨大になって映っていた。
入浴前にしっかり暗くしたと思ってそのパネルの明かりがついてることに気付いた時は、そんなに強い光だとは思わなかったし、自分の体が影になって浴室内の壁に像を結ぶこともなかった。
でも、たしかにそこに影はあったけど、自分の目が暗闇に慣れてなかったからその「限りなく薄い影」が見えてなかっただけだったのだ。

入浴前は暗闇だと思った脱衣所はとても明るくて、いろんな物の輪郭がはっきりしていた。
そこで体をタオルで拭いて、甚平(寝巻っす)に着替えてドライヤーで髪を乾かした。
冷蔵庫を開けると明るすぎる光が出てきて、目を細めながら麦茶を取り出して、コップに注いで飲んだ。
あらかじめクーラーをつけていた自室に入り、ベッドに入ってすぐに寝てしまった。





なんでこんなことをしたかというと、パソコンをやった直後に寝ようとすると、とても寝付きが悪くなることに今更気付いたので、ためしに暗い環境に長くいてみようと思って実践してみたのです。
極端ですね。 でも効果はあったので、幽霊とか怖くない人はやってみてはいかがでしょうか。
ちなみに僕は幽霊とか暗闇とかけっこう怖い方なので、心臓に悪い体験でした。