ひずみちゃん、不安モード

除光液に浸しておいたスイカのひとかけらを齧る
瞬間、歯茎が痺れて首の骨が重くなる
ブラックアウトの最中にサイケデリックな映画をコンマ2秒見た
まばたきの間に一人の男の生涯が目まぐるしく展開した

男はたしか日本人で、関西の田舎に生まれた
大型量販店で買った青々したジーンズを穿いて、シャツは白かった
背が高く、胸板が厚くてハンサムであった
彼が声をかければ女は笑って付いていった
コパトーンの匂いがする夏の思い出が彼の自信と筋肉をはぐくんだ
彼は上京して新聞社に入社した
彼の筋肉は役に立たず、もみ手がヘタな彼は出世できなかった
銀座の定食屋でチャーシュー麺を食べている彼は脂ぎって不潔であった
今日は何時間眠ることができるか、始終そう考えて過ごした彼は過労で倒れた
不惑を迎える前にあの世へ行った彼の最期の言葉は「本当は詩人になりたかった」であった
男が平野を走る新幹線の中から車窓を眺めると、虹色の雲が明滅していた
男が給料日に毎月通っていたストリップ小屋では、ガラスの割れる音が響いていた
男がデパートの紳士服売り場で安いスーツを試着すると、体中をさなだ虫が這った
空にはアロアナが浮かんで口をぱくぱくさせていたし、病院ではナースが黄色いラバースーツを着ていた

歯茎のゆらゆらが治まり、アルコールの匂いが鼻を突く
地面が傾斜しているように感じ、立っているのが難しい
胃がグツグツするのも耐えがたい
オリーブオイルに浸しておいた原稿用紙を歯でちぎる(あ、制服のスカートにこぼれてシミが)
家族も納得する映画が見られそうだ
映写機がフィルムを回す音が曇り空から降ってくる
私がグシャリと歪む