あんなんしといて、あの人は盗られたら文句を言うだろうか。

電車の中で見かけたのだ。
その男の人は、足によくフィットしたジーンズの後ろのポケットに財布を入れていた。
値が張るであろう皮製の財布を半分近く外にむき出しに覗かせている。
この満員電車の中で、誰かスリの天才がいるかもしれないとは考えないのだろうか。
とても危うく、サっと引っ張ればとれてしまう。
ハラハラハラハラ。
僕の財布じゃあないけど、とても緊張する。
思わずじっと見てしまう。
走ったりかがんだりなどの簡単な動作でポケットから滑り落ちてしまいそうだ。
その隣の女の人は小さな肩掛けのかばんをファスナーを開けっ放しで財布や携帯電話を入れている。
これもまたハラハラする。
電車が目的地に到着すると、みんなが一斉に降りる。
大勢の人がこの駅を目的としている。
さっきの男の人が僕の前で電車を降りる。
僕も降りる。
男の人が階段を上る。
ポケットがある側のひざが曲げられるたびに財布がちょっとした動きを見せる。
たぶん、財布はもう半分以上外に出ているのではないだろうか。
あんなんしといて、あの人は盗られたら文句を言うだろうか。
僕は絶対にそんなことをしないが、誰か悪い人はいるだろう。
そして男の人がカモになったりしないだろうか。
ちょっと緊張。
もし誰かが男の人の財布を盗もうとしたら、僕が真っ先に見つけて、その人の肩を叩こう。
でもそんな人は見たことない。
男の人も財布を落とさずにそのまま僕の視界から消える。
実はあの財布は見せるだけのもので、中には何も入っていないのかもしれない。
何かに引っかかって落ちてしまっても、それを気にしない人だろうか。
盗られても文句は言わない人だろうか。
大事なものをあんなに露出させていて、それを盗られて文句を言うのは理不尽だ。
っと考えた。
考えてしまった。
本当なら、物を盗るという行為が絶対的な悪で、盗る人のみが罰せられるべきだ。
そうやって教えられてきた。
実際にそうだ。
財布をむき出しにしていてもハラハラと緊張しない、人々にあらぬ疑いを持たなくてもいい世の中ならそうだ。
でも悪い人はいるし、悪い人は一方的に悪いし。
困った。
被害者、困らされた人が責められるのはとてもおかしいことのはずだ。
そこに、どうこうしなかったから被害にあった、という言葉で困ったりした人を責めて責任とか善悪のベクトルをずらすのはよくないことだ。
でもな、とやはり考えてしまう。
あの人がもしも財布を盗られてしまったときに警察や人にそのことを話したら、100%の同情をくれるだろうか。
きっとそんな風に盗ってくださいといわんばかりの持ち歩き方が悪かったのだと言われてなじられるかもしれない。
そんなことが容易に浮かぶ。
そして盗んだ人には責める言葉を吐けない。
困らされた人にはどんどん、こうしなかったから、ああしなかったからという言葉が来るだろう。
間違っているようで、正しいとされている。
そういうことを言って、次に同じ失敗を繰り返すなということなのかもしれないけれど。
僕は少し頭が痛い。
悪と善はきっちりと線引きがされていない。
あの男の人が盗まれて文句を言うことは許されるであろうが、それでもどこかの面で注意を促されるだろう。
100%の被害者にはなれない。
あんなんしといて、あの人は盗られたら文句を言うだろうか。
大切なものはしっかりと守ってほしい。
それを奪われたときに言い訳をしてほしくないから。