石の瞼

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「解体」

何も見えない。
硬いベッドに寝かされ、私は身動き一つできないほどぎちぎちに縛られていた。
指先だけが動くくらいで、腕も足も完全に動かない。
私を縛めるのはガムテープだろうか。
懸命に動かそうとしてもただぎちぎちと音がなるだけ。
接着剤で固く閉じられた瞼。
そしてその上からまたこれでもかとガムテープが巻かれている。
瞳を覆い隠し、闇を生み出す。
ただ、断続的に金網を叩くようながしゃがしゃという音だけが聞こえる。

ベッドを壊す勢いで動いていると、唐突に小さな子供の声がした。
ずっとそこにいたようにも、たった今そこに現れたようにも思える。
静かで、意識を集中しないと聞き逃しそうな声。
がしゃがしゃと獣が檻の中で暴れるような音がそれを阻む。
たぶん少女の声だろう。
私は聴力を最大限に利用して少女の声を拾おうとする。
鼻はガムテープで目と一緒に覆われてしまっているが、口だけは解放されていて自由だ。

あなた、誰なの? 何が目的なの?

……ぃ…ぃ……ぁ………

幽かな声。
私は言いたいことを全て飲み込み、ぐっと黙りこんで少女の声を聴くことに専念する。

…か……ぃ……ぃ

……か……い……ぁ…ぃ……

……か…い……た……い……

……かい…たい……

…かいたい………

かいたい

かいたい

かいたい

解たい

かい体

解体

……解体…解体……解体………解体……………

奇妙な間を開けて放つ言葉。
解体という同じ言葉を不規則な間を開けてひたすら口にしている。

解体? ねえ、何なの? 何を解体するの?

私はこれ以上解体を聞きたくなくて、声を途絶えさせずに叫び続けた。
喉から血が滲むように、がむしゃらに吠えた。
意味を為さない言葉ばかりをひたすら。

解体……解体……

声が掠れ、喉が痛くて、もう声が出ない。
それでもぎちぎちと体を動かしてうめくような声を出す。
搾り出して、少女のまるで反応のない解体をかき消そうと。
しかし、少女は機械のように解体を続け、私はついに少女に負けた。
解体と金網を揺する音だけが聞こえる。

……解体………

…解体………

涙が目の中にたまる。
漏れることが出来ないで、生暖かい涙がじんわりと感じられた。
嗚咽を漏らす気力もなくなった私に、少女は飽きずに解体を繰り返していた。
もう一時間は経ったろうに、少女は解体を止めなかった。

解体………

…………解体解体……解体……

恐くて恐くて恐くて、体のいたるところが冷たくて、凍えそうだ。
私はもう少女の解体を聞くこと以外にできることがなかった。
そうやって涙の温かさを感じながら少女の声を聞いていたら、何かが動く音がした。

―――ちゃら。

私の首に何かが触れた。
そしてそのまま何かが首に巻かれた。
冷たい感覚が首から脳に伝わり、恐怖が加速する。
うめきながらぎちぎちと体を揺する。

ちゃんと、世話をするんだ。

はい。

少年のような声が命じると、少女は解体を止めて応じた。
ああ、解体ではない、飼いたいだったのだ。
私は飼われる。

檻はもう一つしかないね。

じゃああのうるさいのを空けましょう。

空けたよ。

ぐるぐる走ってるね。

同じところぐるぐるぐる、おかしいね。

少年と少女が会話をしている。
力を込めると、首輪が首を圧迫する。

私の意識が遠のく……。
わたあ私の何何もかもtでいあいないあkことだっていらな、ていわたkもsない。

脳が焼ける。
脳gやけt
のgああkr



「静寂」

檻の中。
なのだろう。
いくらがしゃがしゃと揺り動かしても、無益だということがわかってからも俺はうろうろとしていた。
闇が深くて、何も見えない。
そのうえ、ひんやりとしたこの空間で聞こえるのは俺の鼓動と呼吸の音だけ。
五感の内、今頼りになるのは皮膚感覚のみ。
檻を触れて回り、檻の大きさを把握した。
大体……四畳半ってとこか。
何も聞こえない空間で、俺は檻を殴ってみた。
金属の揺れる頼りない音が大きく発生して、反響もせずにすぐに消えた。
静寂。
もう一回殴る。
金属の音。
静寂。
連続で殴る。
全力で殴る。
感覚はこんな時でも正常に働き、痛みを伝える。
皮が裂けて出血しているのだろう、ぬるぬるとした感覚がそれを伝えた。
蹴って、蹴って蹴って蹴る。
断続的に蹴り続け、足が疲れた。
その瞬間に襲ってくる静寂。
体を止めると、静寂が襲ってくる。
遠くで何か音がする。

ぎちぎち。
ぎちぎちぎちぎち。

体を休めて、その音を聞く。

ぎちぎち。
ぎちぎちぎちぎち。

誰かいるのか?

そう声を出そうとしたが、俺を喉が焼けるような感覚が襲った。
声を出そうとすると、張り裂けそうな痛みが来る。
黙って、音を聞く。

ぎちぎち。
ぎちぎちぎちぎち。

声が出せないもどかしさに、檻を蹴るが、疲れ果てた体はもう動かない。

静寂。

何も聞こえない。

ここから出してくれ。
見せてくれ。
静寂はもういい。
ぎちぎちという音が止んでしまい、俺は焦る。
筋肉が千切れそうなくらいに、ただがむしゃらに檻を叩いた。
体当たりをした。
噛み付いた。
頭突きをした。
疲労でもう動けない状態だったが、もたれかかって体を揺する。
体を細かく揺すって、ひたすら音を発した。
歌いたい。
叫びたい。
喉の焼け付く痛みがそれを許可しない。

もうとっくに意識など無かったのだろう。
夢の中で暴れるように、俺はびちびちと網を揺すり続けた。
遠くで叫び声がするのが幽かに聞こえる。

もたれていた檻が外へ開くようにして消えた。
俺は戸惑ったが、これで帰れると思い、暗闇をひた走った。
何も見えない暗闇だが、いつか壁に辿り着くだろう。
あの檻はもう遥か遠くだろう。
暗闇で幻聴のような少女の声が聞こえる。
繰り返し繰り返し。
俺は立ち止まらずに走る。
その声は俺には関係がない。

やがて、走ることができなくなった。
息が完全に上がって、倒れこむ。
嘔吐する。

そして訪れる静寂。

何も聞こえない。

静寂。

 
発狂。