蟲愛(むしあい) アドリブ

私の両親は少し変わっている。
変わっているというか……変態?
こりゃあんまり言いたくないんだけど、やはり人間の父親と芋虫の母親との愛の結晶が自分だというのが、少し、いやかなり嫌なのだ。虫酸が走る(虫だけにw)
自動車のタイヤを横に並べたかのような巨大芋虫の母親だが、父親は一体全体どこに惹かれたのだろう?(よくムラムラしたな。それとも江戸川乱歩の芋虫みたいな展開があったのか?)
女子高生になって、県立の高校に通っている私。
ごく普通とか言いたいのに、この二人がそのセリフを邪魔する。
普通の女子高生が虫と人間の子なんてありえんっつうの!
生物の先生に聞いてみようかな? でっかい芋虫の♀と人間の♂はヤれるんですか?子供作れるんですか?
溜息。

とまぁ、ここまで書いたが、実は私にもその虫に恋する性癖は遺伝しているようだ。
書くのがちょっと恥ずかしいが、私が思春期真っ盛りの梅雨の頃、庭のアサガオをどぅるどぅる這っていたナメクジをじっと見つめていたことがある。 最初はふと気付いたナメクジを、うえ~とかわ~とか言いながら見ていたのだが、少しするとじっと食い入るように見ていた。
何も言わずにじっと見ているうちに、自分が少し濡れているのに気付いて、自己嫌悪で三日は寝込んだ。
そんな思い出。

我が家では、家事全般を父がこなす。
そりゃあもうてきぱきと。
母親が手伝おうと健気に洗濯カゴを縁側まで運んでいる光景も見られるが、途中で父親に取り上げられ、何だか悲しそうに退散する。
夕飯は私と父は普通なのだが、母はもっぱら野菜だ。
油とかは体に悪いから摂取できないらしい。
私に毎朝お弁当を作ってくれる心優しい父親の仕事は小説家だ。毎日キーボードをかちゃかちゃ叩いている。そして、その横で見守る母親。 たまに父親の枕になってたり。
お熱いこって。

さて、この私にも彼氏がいました。同じ高校に通っている優しい人でした。敬語。
この人は、どっちかというと私の父親に似て、優しすぎて人に疎まれるタイプだ(虫には好まれたようだが)。そこに惹かれた私は、不本意だがきっと母親似なんだろう。

いつものように二人でお弁当を食べているとき、教室で彼は家族の話題を話し始めた。ピンチ。
「伊藤(私ね)って兄弟とかいる?」
「いや、いないよ」
「へえ、一人っ子か?」
「高橋は?」
「うん、うるさい弟が一人」
「あたしも弟が欲しいなぁ」
「ああ、やるやる。あげるよ」
「ところでこの前読んだ江戸川乱歩のね――」ここらで話題を変えようとする私。
「うん」まんまと乗っちゃう高橋。
「――あの幻想世界を現実と隣り合わせに書いてる危うい均衡が絶妙だと私は思ったね」何言ってるの?
「へえ、例えば?」
「パノラマ島奇談とか、あと孤島の鬼も」
「ふんふん」
「ろくでなしの恋や芋虫なんかの短篇も味があっていいんだけどね、あれくらいの長さが好きだな」
「あ、芋虫知ってる」知ってた、どうしよう。あたしはあらすじしか知らない。
「どうだった?」知ったかぶり……。
「気持ち悪かったよ。ありゃすごいね、かなり嫌悪感」ううむ、何だか胸が痛む。
「そう? 私はああいうの好きだよ」母親をかばってる?
「まじで? 俺はあんな虫みたいな女は御免だな」私の母親は虫そのものだが
「まぁそういわないで、ああいうのもありだって」すごく可愛くて
「そう、かなぁ?」結婚して私を生んでるんだぞーー!!
「うん、まぁ食事中には話したくないけどね」あれ? 私って卵で生まれたのか?
高橋とは別れちゃった。あ、べつにこの会話が原因ではない。もっと別のだ。めんどいからここには書かないけど。お互いを苗字で呼ぶような仲だったし後悔はない。

今、私は部屋でムカデを飼っている。 校庭でゲットしたのを手づかみで捕獲して持って帰った。しばらく瓶に入ってもらって、その間にホームセンターで小さな虫かごを買ってきて、その中に入れてやった。
これがなかなかたくましいやつで、団子虫を数匹カゴに入れてやると翌日にはすべて捕獲して食い尽くすのだ。君は本当に強いなぁ。
獲物をぎちぎちと牙を鳴らして追いかける彼を見ている時に感じている感情は、きっと恋だろう。ああ、彼は今私に飼われているのだ。こりゃなんという一方通行の愛だろう。片思いなのに、相手は手に入っている。わがままな恋愛だ。
父親に見つかったときに、「そうか、そういうお年頃だもんな」って言われた。なんか嫌だ。「母さんには内緒にしといてやるから」普通逆だろうと思う。あと、でかい芋虫は彼の目からは、彼女(?)の母親というよりは、ご馳走にしか映らないだろう。
私の母親はでかいけど、彼は小さい。
ふむう、どうにもならない。一体父親はあんな奇跡の代物とどうやって出会ったのだろう。カフカの変身の大ファンの女性を魔法的なものでやったとか?意味わからん。頭痛い。
とりあえず、彼を一日に一度は外に出して、私の体の上を散歩させている。私は彼が万一逃げ出さないように部屋を密封する。隙間一つ見逃さずに、ガムテープやらなんやらで塞ぐ。そして、彼と同じ裸になって、腕に上らせる。
彼はまず、私の太めの二の腕をぐるぐると回るのが好きなようだ。そして、わきをくすぐり、わたしが我慢できずに笑い出す頃には南下し始める。鎖骨、胸、腹、臍から下腹部、股で左右を少し迷って、太ももへと下る。大抵膝の辺りで疲れて、尻を通って背骨に沿って頭に上り始めるのだが、調子のいいときは足の指を這ってくれる。私はこれが一番好きなのだ。指と指の間を、彼の細い足が舐める感触……つい両手を天井に向けて手のひらをぱっ開いて「気持ち良い~♪」って言っちゃうのだ。
お散歩が終わった彼をカゴの中に戻し、私は服を着る。本当はもっと大勢連れてきて逆ハーレム状態で楽しみたいのだが、生憎、彼の目の前でそんなはしたないことはできない。それに捕まえるのめんどい。

私は彼とずっと一緒にいれたらなと考えてる。団子虫をむしゃむしゃたくましく食べる彼は、見つめているとつい涎が垂れちゃうくらい格好良い。でも、彼は寿命ですぐ死んでしまうだろう。むう。
母親はずいぶんと長生きの虫だ。大きいし。
小さくてもいいから、長生きのワイルドな虫はいないものか(ハンサムよりワイルドが好きな私)
きっと南米とかにはそういう珍しい虫もいるんだろうな。でもそりゃ虫の居所が悪い、腹が立つ(笑っておくれ)。金で買うというのもちょっと……。

ある日、母親が固まった。父親は多いに戸惑ったが、どうやらさなぎになる準備をしているということが判った。家の大黒柱にへばりついて固くなった母親。そこで固まられると狭くてかなわんわ。
実は私も近いうちにさなぎになるんじゃないか? そしてそのまま何年かしたら羽化して、どっか間違った天使っぽく蝶々みたいな羽を背中に生やして、南米まで飛んでいくのだ。ぱらぱらと鱗粉を撒き散らしながらぱたぱたと。
でもそれはまさに虫の良い話。たぶん一生平凡な体で生きるのだろう。人間と結婚するだろう。
私は夕暮れの中、へぼい芥川賞受賞作品のラストみたいに、裸身を鏡に映してじっと見ていた。袋小路の地獄絵図。