緑色の地下室2(完結)

乞食が部屋に入ると、今朝の男が挨拶してきて、あやふやな態度をとっていると、椅子に座るように促された。
それからは何もかもが突然だった。
椅子に座ると数人の男に体を固定され、抗議の暇もなく縄で椅子に縛り付けられてしまった。
暴れると黒スーツの男に殴られ、睨むとナイフを目の前でちらつかされた。
ひたすら押し黙っていると、次第に落ち着いて部屋を観察することができた。
部屋は薄暗く、緑色の小さな豆電球のみが室内を照らしている。
そして顔がよく見えないが、服装から判断して十数人の男女が壁際に立ってこちらを見ている。
豆電球の明かりが弱くて端まで照らされておらず、部屋の広さははっきりとはわからない。
家具は天井の豆電球に加え、今自分が座らされている椅子と、その目の前の机、向かい側にはもう一脚椅子が。
「おい、口ふさげ」
今朝の男がさきほど乞食を押さえつけていた男に言う。
するとすぐに白いタオルが用意され、今朝の男がそれを持って乞食の方へやってくる。
「楽しいことってなんだ。俺をどうする」
「すぐわかりますから」
「今言え」
「あなたの運命は神のみぞ知る、ですよ」
「おい、ふざけるな。どういうことだ」
そこまで言うと、男は乞食の脇腹を膝で鋭く蹴った。
「ぐっうぅ」
「噛め」
嫌な唾が口内に充満するのを感じながら、乞食は男にタオルを噛まされた。
筒状になったタオルを奥歯で噛むと、すかさずガムテープで下顎が動かないように固定される。
口が開けなくなり、男は鼻でしか呼吸ができなくなる。
「視界も邪魔でしょうから―――」
同じくガムテープで乱暴に目も覆われる。
その様子を見て、壁際の人間たちが静かに笑う。
まるで耳元を無数の虫が這うような嫌悪感を与えるざわめきだった。
しばらくすると、扉の開く音と複数の人間が暴れたり喚き散らす音が乞食の耳に入った。
そして音が向かいの椅子に移り、ガムテープを扱う音がしばらく聞こえた。
乞食は音から大体のことを察知した。
目の前の椅子に俺と同じようなのが一人座っているんだ。
相手は部屋に入ってきた時には視界が奪われていなかったのだから、俺の存在には気づいているはずだ。
そして乞食は、机を間に挟んで二人の人間が向かい合って座った状態を頭に浮かべた。
そして自らの鼻息と壁際の人間たちのざわめきだけがしばらく聞こえ、手のひらがじっとりと汗ばんできた頃に、今朝の男の声が部屋に響いた。
「さて、そろそろ始めましょう」
人間たちがざわめき、間を空けて拍手をする。
人間たちの拍手が止むと、目の前の机に男が何かを置いた。
ごとりと重厚な音を立てたそれを見ることができない座らされた二人は、ひどい恐怖に襲われ頭痛がする。
「みなさん、ご出資まことにありがとうございます。まず手始めに順番を決めたいと思います」
要領の悪い男の司会に、壁際の人間たちが再びざわめく。
男がコイントスで順番を決めるという趣旨のことを言い、ルール説明が済むと次いでコインを指で弾く甲高い音が響く。
床に落ちたコインを見て男がさっと手を上げる。
「それではお待ちかね―――」
男が机の上の物を持ち上げる。
乞食の方へ歩いていき、それを眉間に当てる。
「……――!!」
乞食が恐怖で首を激しく振る。
すると首に冷たいものが触れ、肌の表面を緩やかに滑り、傷つけた。
それだけで乞食は恐怖で嘔吐しそうだった。
そして首の動きを止めると、大人しく眉間にさきほどのものを受け入れた。
「それでは第一回目」
ジッポの蓋を開けた時のような軽い金属音が響く。
次いで、人間たちが足をどどどどと踏み鳴らし、歓声のようなものをあげる。
気が遠くなるような喧しさ。
どどどどどどどどどどどッッ!!!!
凄まじい濁流の映像(イメージ)が頭に浮かぶような音。
乞食が汗だくになり、完全に動けなくなって放心していると、男は向かいの椅子へと歩いていった。
また金属音。
そして地鳴りのような足音。
「残念でしたね」
男が軽薄な口調で言うと、狂ったように人間たちが笑う。
呼吸困難の発作のような笑い声が収まるか否か、また乞食の眉間に硬いものが触れる。
激しい緊張感の中で、女の声がした。
「ねえ、もう二百万払うからその男の順番を一回増やしてよ」
ざわめきと、足音。
男が了解ですと言うと、割れんばかりの拍手が鳴った。
「よかったですね」
誰に言うでもなく男が漏らす。
今朝、目的地を訪ねてきた時のような柔和な口調だった。
そして金属音。
しかし人間たちはまだ静かだ。
再び金属音。
大歓声が上がった。
今までで最高潮の盛り上がりだ。
向かい側の椅子ががたがたと音を立てている。
座っている人間が暴れているのだ。
鼻息に怒気のようなものが篭もっている。
「さぁこれで勝負がつきますよ」
男が静かに言うと、人間たちが一斉に静まった。

何時間も待たされたかのような沈黙を味わった後、乞食は今までに聞いたことの無い轟音を耳にした。
そして一瞬の後、人間たちがスコールのような拍手と、おめでとうおめでとうを喚き散らすのが聴覚を刺激する。
「よかったですね」
男が耳元でそっと囁く。
そして机の上に次々に乾いた音を立てて紙の束のようなものが置かれていった。
人間たちが机の上に札束を置いていっているのだ。
部屋で行われていたのは娯楽に飢えた金持ち達が世に必要の無い者達を生贄にして行うロシアンルーレットだ。
開催に必要な資金として、運命を勝ち取った者への賞賛として、札束が机にうず高く積まれていく。
乞食は音の洪水に溺れながら、火薬の匂いで催した吐き気を堪えていた。
そしてただひたすら逃げたい逃げたいと思いながら、縛られた体で痙攣のように暴れていた。