【短編】靴

 少年は綺麗好きであった。潔癖とまではいかないが、己のためにというよりは他人の目を気にして常に身を清潔に保っていた。
 風呂上りの彼は殊更に機嫌が良く、逆に汗をかいたなと思った時は苛苛としながら鼻を手首や二の腕に押し付けてすんすん鳴らした。
 やがて少年は歳を重ねて思春期を迎えた。中学校へ制服を着て通う彼にとって、黒いズボンに何か目立った汚れが無いか点検するのが毎朝の儀式であった。おや尻のところに埃の塊が引っ付いてやがる、こんなのぶら下げて歩いているのを女子に見られたら、卒業するまでそいつと目を合わすことさえできなくなる恥をかく。口には出さずとも、少年は異性に悪く思われたくない一心であった。
  
 そんな愛すべき少年にも、一つだけ汚くて気に入っている物がある。父親のお下がりの靴である。あまりピカピカと輝く物を少年は嫌いであった。軟弱者のように見られるのではないかと懸念するが故だ。
 その靴は踵(かかと)が踏んづけられたままだらしなく凹んでしまっていて、爪先のところはかさかさと音が聞こえそうなくらい生地が荒れていた。革生地の靴は硬く、平らで太い紐はがっしりとしていた。底が汗で黒ずみ、ところどころ剥げているが、履き心地はよく、踵が凹んだままだから走るとすぐに脱げてしまう代わりに裏がでこぼこしていて雨の日には滑ることなく歩けた。
 少年は鈍い茶色に大人の色気のようなものを感じていた。誰かそっと誉めてくれないだろうか、いいね、と言ってくれないだろうか。少年はその時を夢見ながら、日常のほとんどをその靴履いて過ごした。

 ある寒い冬の日、もうすぐ正月を迎える少年の家で、彼の母親が玄関の掃除をしていた。母親は下駄箱の中にある履き古されたぼろ靴を手に取り、自室の床をせっせと雑巾がけしていた息子に向かって言った。
「この靴、もう捨てるわよ」
「ちょっと待って」少年は雑巾を投げ出して玄関へ向かった。
「汚いから新しいの買ってきなさい。お金、後で渡すから」
 投げやりな言い方に少年は狼狽した。母親の腹の中で既に靴を捨てることが決定してるのが分かったからだ。
「まだ履けるよ。 それに……」先が言えない。
 母親は取りあえず保留しておこうと、靴を元あった場所へ戻した。少年はいつ勝手に捨てられるか知れないと思うと、靴を自室に避難させておかずにはおれなかった。母親が玄関の掃除を終え、風呂場へ向かったのを横目で見遣り、少年はそっと靴を自室へ持っていった。

 決して少年は思い入れなどといった感傷的な気持ちで靴を守ったのではない。実は綺麗好きのこの少年は、他人からは潔癖なぞと絶対に思われたくなく、むしろ汚れに関して無頓着であると思われたかった。それも、ただ醜く無様な汚れ方ではなく、どことなくわざとらしさや計算の匂ってくるような格好のいい汚れ方をして、他人の指摘に対して自分はこんな細かいことに拘泥しないさと軽くきざに言いたいのである。だから少年は自らの綺麗好きの虫を抑えて汚れた物を一つだけ身につけるのである。お下がりの古い靴は、そういった少年のませたお洒落心を満足させてくれる物だった。
 新しい物なぞ下らない、買ったとしても俺はきっと泥濘(ぬかるみ)の上を歩き、斑な染みを拵えてやるぞ、少年は中空を睨みながら例の靴を履いて冬の街を散歩した。そのしかめっ面も苛苛した足取りも全て演技である。とても拙(まず)い演技ではあったが、当の本人が騙されてしまい、いつしか少年の演技は演技でなくなっていた。本気のつもりになっていた。

 正月の三が日を少年は自宅から出ずに過ごした。出歩くと、その都度(つど)靴のことで頭を悩まされるからだ。もし今一度母親に靴を捨てろと言われたら悲しい虚栄心がむくむく頭をもたげ、ああ忘れていたなあなどとわざとらしく呟いて捨てるだろう。靴に関心が母親に向かわぬよう、玄関にすら近づかなかった。今は部屋に隠してあるから安心だ、だがいつ母親が靴をもう捨てたのか? 新しいのは? と言うか分からない。その時少年は絶対に嘘をつけない。弱いのだ。
 靴は少年の部屋の学習机の引き出しの中に仕舞われている。母親は下駄箱からぼろ靴が消えたのは息子が捨てたのだと思っていた。そのことは少年が意図した通りだった。下駄箱から靴が無くなれば母親はそのことにそれ以上触れないだろう、とあの日の少年は思ったのだ。
 だがやはり甘かった。新しい靴を買いに行けと金を渡されてしまったのだ。少年はもう一足のつまらないと思っている靴を履いて外に出て、実際は肩掛け鞄の中に忍ばせておいたあのぼろ靴を路地裏で取り出し、さっと履き替えてから商店街へ向かった。

 少年はさあどうしよう靴など新しいは欲しくないのに、と思いながらも少し浮かれて寒風吹きすさぶ往来を歩いていた。何故なら、冬のみ着ることが許された厚手のダッフルコートの黒色と、深く暗い緑のコーデュロイのパンツが落ち着いた印象を与えながらも、ぼろ靴のやさぐれたような鮮やかから程遠いような茶色が大人しいだけでない自分の内面をも主張しているではないか、と思っていたからである。
 読者は少年の良く見られたいという健気さを笑うだろうか。いや、笑わないだろうし、笑えないだろう。喩え周囲の皆が笑っていたとしても、これを読んでしまったあなたは自分だけは君の味方だと心の内で思うはずだ。私は、皆が皆他人の頑張りを優しく見守ることができて、羞恥心と自意識の強い人間でもおどおどこの少年のように笑われまいとポーズを取らなくても済む世を願う。
 話を少年に戻そう。良いことがあったから、心優しい読者に是非ともお知らせしたい。少年が靴屋の前で逡巡(しゅんじゅん)していると、前から同じ学級の少女が四、五人ほど固まって歩いてくるではないか。少年は鏡を見て研究した、自分の顔が最も映える角度でもって首を固定し、靴屋の前で品定めをするふりをし始めた。少女たちが近くまでやってくると、口を『お』の形に開き、まるで今初めて気づいたとでも言いたげな軽い驚きの表情を作り、右の手を顔の高さにまで上げて挨拶したのである。
 あけましておめでとうと何してるのという意味のないやり取りを滞(とどこお)りなく進め(少年のイメージトレーニングの賜物である。思春期の少年は皆、好き嫌いに関係なく異性に対して口下手であり、訓練なくして会話をも成り立たすことができない)それからじゃあねとお別れを言った際のことである。少女たちの中の一人が言った。
「わあ、靴いいじゃん」少年の足元を指差して何気ない様子で。
 他の少女たちも適当な言葉で誉めた。少年はああ長く履いてるからね、と緊張のあまりよくわからないことを口走ってしまった。精一杯の演技のつもりであった。無関心を装う一世一代の演技。少年の頭は真っ白であった。

 しばらく店内をうろついた後、少年は何も購入せずに帰宅した。部屋で冬休みの課題をやりながら、最初に靴を誉めた少女のことを好きになりかけていた。夕食の折、母親に新しく買った靴を見せろと言われて、気に入った物がなかったから買わなかったと言って、直後、浮かれていたためについあの靴履き古された感じが格好いいって誉められたと漏らしてしまった。詰めが甘かった。
 気に入っていたのなら言えばいい、捨てようとはしない、と母親に言われ、少年は耳が熱くなるのを感じた。失敗した! と何度も叫びたくなるのを必死に抑えた。

 次の日、哀れなロマンチストは河原にぼろ靴を片手にぶら下げて現れた。足には新品の靴が間抜けに輝いていた。古い方の靴を川に投げ入れた。その様子を巡回中であった警官に見つかり、叱られた(ああ悔しい!)。
 少年は低い声で警官に聞こえるように「あんな汚れた物、早く捨てたかった」と呟いた。少年の耳まで赤いのに大人の警官は気づかなかった。