小説『ちなみとちひろ』第二話

 ファミレスでクラスメイトは様々な話題で盛り上がり、夕方の六時頃、季節は冬だったからたしか日が完全に沈んだくらいの時間に恋愛相談というものをし始めた。まじめな性格の私は彼女の話の中に登場してくる人物関係を頭の中で整理させながら、集中して話を聞いた。いろいろな人物の思惑が交錯し、心理的な駆け引きが行われていることがわかった。ひと段落して私は思ったことを単刀直入に言ってみたのだが、その正論に対して彼女は「恋は綺麗事じゃないの」と不敵な笑みを浮かべて言ったっけ。


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 一年生、春の陽気のなか入学式を済ませて、初々しく、どこか緊張した面持ちで校内を歩く生徒たち。私はその中の一人として、部活は何に入ろうか、など考えながら賑やかな廊下を歩いていた。クラスでは軽く自己紹介などをした後だった。ちなみと初めて出会ったのはその日だ。
 図書室を見てみようと思って立ち寄ると、本棚に寄りかかって本を読んでいる女子がいた。クラスで一目見て、違う、と思った女子だ。彼女からは初々しい感じが全くしない、むしろ百戦錬磨という雰囲気をまとっていた。長身だからか、艶のある長い黒髪がとても似合っている。それをさらりと垂らしていて、うつむいている彼女の横顔を覆ってしまっていて横からだと表情が読めない。私に気付いてゆっくりと顔をこちらに向ける彼女と目が合った。彼女の意思の強そうな瞳に見つめられて、私は少し緊張する。
「同じクラスの山咲さんでしょ?―――ちひろ、って呼ぶね」あちらから話しかけてきた。肯定するとまた言葉が飛んでくる。
「髪が短いね」
「うん、長いと邪魔になって嫌で」
「ふーん、綺麗な顔ね」
 会話が定まらない。変だな、と思ってると相手の視線の行方に気付いた。彼女は私の体を上から下まで、ゆっくり何往復も眺めていたのだ。まさに舐めるように、というやつだ。
「……あ」怯えて声が出てしまう私。
「ん?」おかしそうに小首をかしげる彼女。
「え、いや……」
「どうしたの?」
「えっと…」
「ん?」
「……」
 こんな、そう、実際にこんな、言葉というより音しか口から出てこなかった。やめてとも言えず、視線にさらされ、怖くなって彼女の前から立ち去っていた。彼女の名前は黒田ちなみ、彼女は私を嬉しそうな目で見つづける存在だ。最初は怖かったが、今、私は、ちっとも嫌でない。