小説『ちなみとちひろ』第三話

 私は何を言って彼女に「恋は綺麗事じゃないの」と言われたんだったか、よく覚えていない。しかし、彼女の必死な様子に私が冷静な、無粋な正論を言ったのだろう。彼女の恋が実れば他人が不幸になるなんて、たしかそんなことを言ったと思うのだ。

 
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 ちなみは用事がない時は話しかけてこない。ただ、何もないような時でも私のことを見続けている。友達に「あの子また見てるよ」と言われた時もあった。実は、私はその報告を聞くのが少しだけ好きだ。よくわからないが、人にそのことを指摘されるのは嬉しかった。
 ちなみには友達があまりいない。正確に言うと、心から付き合っている友達がいない、という感じだ。それなりにクラスに溶け込んではいるのだが、身を持て余しているように見えた。
 体育の授業、二人一組になる時にちなみと組んでやればいいと思ってはいるのだが、私は今のところ一度もちなみと組んだことがない。理由は、ちなみに触れるのが怖いからだ。テレビの向こうのアイドルがいるとする。ファンははたして彼ら彼女らに触れたいと思うだろうか。どんなに好きでいても、きっと一対一になった時は遠巻きに眺めてしまうのではないだろうか。私にとってちなみはきっとアイドルだ。しかし、心のどこかでこれは否定していたかった。アイドルが自分のことをじっと見つめている、あり得ないだろう。そしてアイドルだと思っていると自分とちなみとの距離が一気に離れてしまいそうで。
 ちなみが髪を揺らしてクラスメイトの投げたバレーボールを高い位置のトスで返した。小柄な私と違い、すらりと背が高くて手足が長く細いちなみ。しかし華奢ではなく、しなやかで芯の強そうなシルエットだ。胸は平均的な大きさのようだ。私は体育館の隅っこで授業の見学をしながらちなみを観察した。ジャージのズボンを穿いてるからわからないが、きっと太ももの肌は白くてきめ細やかなんだろうな。たまに目が合う。鋭いスパイクを相手のコートにきめ、チームメイトにハイタッチをする前、ちらりと目が合った時が一番うれしかった。私の下の方は血塗れで、そんな時に目が合ったりするのは少し恥ずかしかったのだが、それを含めてやんわりと嬉しかった。