生首オーケストラ

 ドレミファソラシどういうことだ。バイトを終えてアパートに帰ってきたら、部屋の床に大量の生首が植わっていた。しかも老若男女、さまざまなのが。
うわ、と叫んで一通り放心して、それから一つ一つを見ていった。五歳くらいの男の子の首から、戦争経験者であろう頑なな表情の老人まで、実に様々な首が揃っている。生首フリーマーケット状態だ。切断面は見当たらず、キノコみたいに直接植わっている。今年の夏は特別暑いし、湿気もすごいから、たぶんそれで生えたのだと思う。
 俺は若い女の生首を発見し、頭をそっと撫でてみる、反応がない。唇に指を這わしてみる。ぷにぷにしていていい感じだ。でもそれ以上はやる気が起きない。俺はそんな変な趣味ないし。でもちょっと横目でちらちら見てしまう。童顔で、しかし自分の意見をちゃんと持っていそうな、聡明な顔立ちをしている彼女がちょっと気になる。でも別に、そんな、如何わしい、ほら、あれとか、そういうのはしないよ。うん。

 俺はギターの練習を始めた。指を慣らすために、アンプに繋がずにコードを一通り撫でて復習する。ちゃららん、と艶やかな音が鳴りいい心地だ。生首のある部屋に悲しいコード、陽気なコード、妖しいコードが響く。指がくにゃくにゃになったのを感じたら、次はアンプに繋いであるシールドをギターにブッ挿してゲインのつまみをぎゅるると捻る。隣の部屋には誰も住んでいないので、かなり大きい音を出してもいいのだ、ビバ田舎。
 ギャーン、と青臭い音を出すと、青年の生首がイエーイと叫んだ。驚く。びびって机に腰を思い切りぶつけてしまう。なんだこれ、うるさいな。しっとりした、石田純一みたいな音を出すと、次は「息子が思春期です」みたいな顔のいい年した女がハミングし始めた。なんだこれ、気持ち悪いな。俺はちらっとさっきの若い女の方を見る。彼女の声を聴いてみたいな。次はフリッパーズギターみたいな爽やかな音を出す(わかるかな?)。でも声を出したのは勤勉そうな顔をした三十代で大手広告社勤務中、彼女募集中ですな顔をした男だった。オザケンのつもりか、その声?風邪を引いたシャズナみてぇだぜ。
 くそ、ちょっと変化球で、ファンキーなカッティング奏法を試してみる。意外なことに、満州でぶいぶい言わせてましたな顔の老人がカーティス・メイフィールドばりの綺麗な高音で歌い出した。お、おじいちゃん歌うまいね。俺はもっと弾く。老人は顔に似合わず(週末は銀ブラしてます、な気品のある顔だぜ)泥臭い声で歌う。アドリブセッションを老人と楽しむ。いいぞ、いいぞいいぞ、こいつが生首なのはもったいない。おっさん、体も生えてこいよ! 
背中に汗でシャツがぺったりと張り付く。気持ち悪い感触で我に返り、シャワーを浴びたくなる。でももうちょっとセッションだ。俺はシャツを脱ぎ、ジーンズも脱ぎ、ユニオンジャック柄のボクサーパンツ一丁の姿になる。
 再びピックを握り、ギターを弾こうとすると、今まで何を弾いてもだんまりだった女が声を上げた。とびきりいやらしい声だった。そして目を開いてこっちを見ている、俺を誘っている。ちょっと待てよ、なんだよこの女、俺のギターには興味ないってわけ!?
 ギターに酔わないで俺のパンツ姿にエ口い声を出すような淫乱にゃ興味ないね、俺はこう見えてロマンチストだ、なめんじゃねー。
 よだれをだれだら垂らす女の頭に足を乗っけて、おじいちゃんとファンキーセッションを二時間ほど続けた、最高の夜だ。最高にノって、燃え尽きようとしていた頃、恋人が家を訪ねてきた。俺は招きいれ、おじいちゃんとのセッションを少し聞かせる。彼女は演奏中、ずっと吐き気をこらえているような苦悶の表情をしていて、演奏が終わると俯いて「ちょっと用事思い出しちゃった……」なんて言いながら立ち上がりやがった。俺は彼女のケツを蹴り飛ばして部屋から追い出し、二度と来んなと怒鳴り散らして、それから朝までセッションを続けた。足の裏が粘膜で覆われ、脈を打ち、そして床と一体化しているのに気付いたけど、それでも俺はロマンチストであり続けようとしたんだぜ、と。ドレミファソラシどーでもいいのだ。