山に登ろう! (上)

「小峰さんは元気だね」とよく言われる。まぁなんというか、体力的なことでもあるだろうし、メンタル的な意味でも私は元気だ。私は趣味で山に登るのだけれど、その登山が私の元気の秘訣なのだ。


 趣味と言っても、登山道具一式を持っているわけではない。野外活動という意味のワンダーフォーゲル
というのに近い。だから、登山というよりはワンゲルと呼んだ方がいいと思う。私のワンゲルは学校帰りに唐突に始まったり、計画を立てて休日に敢行されたりする。多くは日が暮れる前に下山して帰るのだけど、夜になったらそのまま野宿することもある。特に装備などは決めていないので、服が泥で汚れたりすることもあるけど、それはあまり気にしない。
 高校の友達にはこのことは秘密にしてある。何しろ、女の子が一人でワンゲルしてたら頭おかしいと思われるだろうし、もしかしたら止められることもあるかもしれない。親にも内緒にしてある。野宿するときは友達の家に泊まるって言ってあるし、服が汚れたらコインランドリーで洗ってから帰る。


 ワンゲルするのに適した季節は晩夏だ。九月あたりが最もいい季節だ。夏のもっとも熱い盛りはセミがうるさく、秋に入ると段々と寒くて外では眠れなくなってくるからだ。私は紅葉などには興味がないから、別に赤や黄に染まったもみじが綺麗な秋に進んでワンゲルしたりはしない。でもやっぱり秋になると家族連れやカップルなどが紅葉狩りに来ていたりする。歩けるようになって久しいくらいの小さな子供を連れた親子が歩いている。真ん中に子供を歩かせ、両方から手をつないでいる夫婦はとても幸せそうだ。定期テストが終わって半ドンで帰れた私が冬服のブレザー姿のまま一人で歩いていると、それらの幸せそうな人たちが私のことをじろじろと見てくる。まぁ不思議だわな。

 
 小学生のときから定期的に登っていた近所の山は丸東山(まるとうさん)という名前がある。クラスメイトは名前など知ってはいないようで「あの山」と呼ぶのだけど、私の中では「マルキュー」とか「ビレバン」とかと同じようなテンションで「マルトー」と呼んでいる。そんなに高くない山で、ふもとに山道の入り口があって、そこからゆっくり歩いても一時間ほどで頂上にたどり着くことができる。元気な私の脚だと40分もかからない。
 そのマルトーなのだけど、最近なんとちょっとしたブームになっているのだ。高校三年生の夏、みんなが受験だって言ってるときに、ちょっと勉強の気晴らしにでもと思って昼間にマルトーにワンゲルしたら、なんとウチの学校の見知った顔の生徒がグループで歩いていたのだ。見たところグループデートとやらをしているらしかった。今までここでは誰にも会ったことがなかったから油断してた。私はとっさに茂みに隠れてグループが去るのを待った。山道は何本にも枝分かれしているので、帰りは他のルートを辿って帰ることにした。一人で手ぶらで山に登っているところを見られるのはなんだかまずい気がしたんだ。


 帰り道、他にも知っている顔の生徒を何人も見た。その度に私は自慢の健脚で走り、顔を隠しながら猛スピードで下山した。家に帰ってテレビを見たら、そんなにたくさんの若者がワンゲルしている理由がわかった。なんと月9で「ワンダーフォーゲル・ワンス・アゲイン」というドラマが放送されていたのだ。その影響で、ミクミィやモブゲーでも「山デートでカレに急接近とか」いう広告があったり、amamなどの雑誌で「ワンゲル女子の、山ファッション!!」という特集が組まれていたりする。「ワンダーフォーゲル・ワンス・アゲイン」を短くして「ワンワン」と呼び、「ねぇ昨日のワンワン見た?」「見た! 泣ける!」「明日は私もカレと山に登るんだ」「いいなぁ~。ワンワンみたいな恋がしたい」みたいなことを言う輩も周りに出始めるし!
 ワンワンとやらを試しに見てみた。なんだよこのご都合主義の展開は、山をナメるんじゃねー、と最初は思った。でもね、乙女心と山の天気は移ろいやすいもので、じきに私もこのドラマの虜になった。主人公の山田翔がワンゲルを通して熱意のある態度を表明し、徐々に富士山レベルの高飛車なヒロインの心を惹いていくという、少しコメディーチックでわかりやすいストーリーが気に入ったのだ。何より、山田翔がカッコよかったし。
 でも、ワンワンを見たからワンゲルしてると思われるのは癪だった。別に私、そういうんじゃないから。そこらのミーハーな連中とは一緒にしないでもらいたい。そういうことははっきり主張したい。というわけで、私は人に見つからないように、以前にもまして夜にワンゲルすることが多くなった。勉強に疲れると、私はふらふらと真夜中のワンゲルを楽しみ、次の日が休日だったりすると、そのまま野宿したりした。