ブレない恋人

 つまらないなぁ、これが口癖の彼女でした。と言って、別に不満があるわけではなくて、本当にただの口癖のようなもので、例えばお腹が減ってないにも関わらず、お腹減ったって連呼している女の子みたいな感じです。僕の恋人は決して退屈で暇で面白くないわけではないのに、沈黙が続くと決まってつまらないなぁと呟いては小さく笑うのでした。
 
 キスをしようとしたんです、そしたらぐいっと僕の顔を手のひらで押して拒否をするんです。嫌なのかな、と思ってそう聞いたら嫌じゃないって言うんです。そして僕が残念そうな顔をしてしょげていると、それがたまらなく嬉しいようで忍び笑いをくっくっと漏らすのです。僕は面倒だなぁと思っているだけなのですが、彼女が喜んでいるしそのことに関しては嬉しいのでさらにしょげるふりをするのですが、やはりすぐに耐えられなくなって無理やりをキスをするんです。
 
 彼女は僕に愛してると言ったことがないのです。僕は二年間に五十回は言ってるよと言ったら、五百回は言ってほしいと言われました。それはいくらなんでも言い過ぎだと思いましたが、残りの四百五十回の愛してるをその場で言ってやろうと思いました。早口に十回言ったところで、ここぞというときに言ってくれないと嬉しくない、と怒ってしまいました。軽くではありますが、僕の下あごをアッパーカットで打ち抜きました。
 
 どんな恋にも終わりがつきものだよね、と言ってみたことがあります。僕はそんなことないよ一生大好きだよって言って欲しかったんです。でも彼女は俯いたまま黙ってしまったんです。僕がどうしたらいいのかわからなくて慌てていると、つまらないなぁという言葉が聞こえてきて、もう僕はただただごめんごめんと言うだけの機械になってしまいました。彼女の肩に手を回したら振り払われて、そのままみぞおちに肘鉄を食らわしてきました。道のど真ん中で立ち止まってしまった彼女に僕はどうしていいのかわからなくて、ひたすら謝り続けたのですが、彼女は真顔ですっとこちらを見据えて、わがままでごめんね、とだけ言って、それから妙に機嫌がよくなってしまいました。僕は彼女がよくわかりませんが、ひとまず機嫌が治ったので安心しました。
 
 結局、彼女は僕に愛してるって言ってくれませんでした。はぐらかしたり拗ねるふりをしたりして、僕の前ではいつも可愛い漫画のヒロインのようでした。つまらないなぁと言ってみて、くっくっと楽しそうに笑うのです。でも一度、でも嫌いなわけじゃないよ、本当につまらないんじゃないよ、とだけ言ってくれたことがありました。僕はその言葉だけであと何回かはセックスさせてくれるだろうしキスだってなんだかんださせてくれるだろうと確信しました。
 
 胡散臭く出会って歌のように別れてしまった僕と恋人、最初から最後まで彼女との間に愛情があったのか疑わしいです。でも別に愛し合ってしなくても男女は一緒にいられるしそこそこ楽しめるのでした。彼女はたぶん死ぬまでつまらないなぁと言い続けるでしょうが、僕が彼女から何回その台詞を引き出してしまったのか数える暇があったら、もっと彼女から健康な笑顔を絞りだしてあげる方がずっと生産的で素敵なことであったと今では思います。