フレない彼女

 私が一番悲しくて嫌いな言葉だと思っているのは「さようなら」です。あと「ごめんなさい」にも何か嫌な気持ちを感じてしまう。私は今まで人から誘われたりしたら断ることが難しく、そして一緒にお出かけなんかすればこちらから別れを切り出せずにずるずると長いことつきあわなくてはいけなくなってしまいます。

 私は男の人によく声をかけられるのでそこそこ美しいのでしょう。それか愛嬌のある顔立ちをしていて男性を引きつけてしまうのかもしれません。

 私を好きになる男の人は私によく尽くしてくれますので、私は嬉しさと困惑がまざったような変な気持でお付き合いをすることが多いです。男の人は、私が曖昧に微笑むと安堵し、そしてむっつり黙っているとおろおろと慌てるのです。私が頭を撫でて抱きしめますと、最初はふざけて笑っているのですが、そのままふと黙りこんだまま静かになって抱かれたままになるのです。仕事から帰ってきて愚痴をこぼす男性を黙らせるのにはこれが一番効果的で、私が何も言わずにそっと抱きしめてやりますと、大概の男の人は私に感謝をしてそのまま元気になってしまうのです。

 私は働いたことがありません。大学を卒業してしまってから親元を離れ、いざ自分の家を探さなくてはいけなくなったときに、優しい人が同棲を勧めてくれました。私はまるで専業主婦のようになってしまい、彼の帰りを待つばかりの毎日が退屈でしたので働きたかったのですが、彼はそれをさせてくれませんでした。恋人というよりは何か愛人のような気分がしてくるので、私は少し戸惑うのですが、ただただありがとう、とだけ言って住まわせてもらうままでした。

 彼は彼の両親に私との関係を詰られて、それがきっかけで勘当してしまいました。そしてそれまでその両親が経済的な援助をしてくれていたのがぱったりと絶えてしまったので、私たちの生活は苦しくなりました。私は今度こそアルバイトでも就職でもしていこうと思ったのですが、彼はそれを嫌がりました。私を家から出すのも嫌だし、人目につくような状態にしたくないのだと言いました。本当ならば、たぶん私を檻の中にでも閉じ込めて独占したいのでしょう。男の人は少なからず、女性を昆虫でも飼育するように扱いたがるので、私の方でもその潜在的な狂気に対しては生理現象とか自然の摂理のような『仕方のないこと』として寛容に接していこうと思っています。彼はそれを常人より多く持ち合わせているだけなのだ、と思うようにしました。彼は馬車馬のように働いてボロ雑巾のようにくたびれてしまって、私はもうそんな彼に乱暴に抱かれるのを嵐が去るのを待つように耐えるのみでした。私を抱いたあとにぐったりと気絶したようになった彼を正面から抱きしめてあげますと、私の胸に顔をうずめて声を放って泣くのです。そして夜更けに泣き疲れて眠るのです。こんなものは人間の営む生活ではない、獣か何かのそれだ、と悟った私は彼と二人で二年間暮らしたアパートをこっそりと逃げ出しました。さようならもごめんなさいも、いっぱいいっぱい言いたかったのですが、それでもきっと二人の間に流れる悲しくて冷たい空気がよりいっそう厳しくなるだけだと思ったので、黙って飛び出しました。

 親元に戻り、しばらくは平穏な日々を過ごしました。それでも、私はまた男性の熱狂的な愛情を浴びながら破滅していく生活を生きなくてはいけない運命なのだ、と変な確信を持っています。そしてそんな獣じみた、地獄じみた生活を待ち望んでさえいる私もやはり女性の持っている潜在的な狂気を人より多く内に秘めている化け物なのかもしれません。