乗り物酔いが激しい彼女

ちょっと異常かな、と思ったのは修学旅行中だった。
中学校最後の秋、京都に修学旅行に行った。
僕の恋人は、乗り物酔いがひどいので、行きのバスの中でも顔から血の気が失せてしまうほどに酔ってしまっていた。
現地に到着して、街を歩いて巡る際に友達が人力車に乗った。
一人ぼっちになるのが嫌で一緒に乗ったらしいが、それで激しく酔ってしまい気分が悪くなったみたいだ。
ホテルの部屋でしばらく大人しくしていたけど、夕飯の時間になったら先生が呼びに行った。
ホテルの一階の宴会場で食べ放題の夕食が始まる時、彼女はふらふらとみんなの前に現れた。
彼女の話によると、エレベーターで酔ったらしい。
こんな調子で、彼女はひたすら乗り物(?)に酔う。
少しでも揺れるものなら、大体のものがダメらしい。
自転車で砂利道を走ると酔う。
電車が急カーブに差し掛かると酔う。
エレベーターの急停車で酔う。
ノリの良い人と会話すると酔う(これはさすがに嘘だろう)。
今、彼女が通っている高校は、彼女の家から一番近いという理由で選ばれている。
電車に乗れない彼女が通える高校はそこしかたぶんないだろう。
もう少し離れた高校だと、徒歩で一時間かかるらしい。
大変な人生だ。

彼女と僕が遊ぶのは、専ら地元のゲームセンターや商店街。
ゲームして買い物して時間を潰す。
彼女はゆったりした性格なので、商店街の中にひっそりと店を構える一つの喫茶店がお気に入りだ。
暖かな照明が居心地いい店内で、彼女がテーブルに頬杖を突きながらコーヒーをすする姿は、行儀こそ悪いがとても芸術的だと思う。
だから僕は、無理に彼女と遠くの町へ行こうとは思わない。
一緒に喫茶店でおしゃべりしてるだけで楽しいのだから、このままで十分だ。

高校一年の夏休み、彼女は帰宅部なので、ほぼ毎日家にいる。
同じく帰宅部の僕は、一週間に3度くらいのペースで彼女に会いに行く。
だが、夏も終わろうという頃に、彼女が体の不調を訴え始めた。
療養する、と言って部屋で寝ている。
原因はよくわからなかった。
とりあえず、寝てれば調子はいいようだ。
ひとたび、トイレや冷蔵庫、お風呂なんかの用事でベッドから出ると、すぐに吐き気や頭痛が彼女を襲った。
僕は毎日彼女のお見舞に言った。
なかなかよくならない彼女。
熱があるわけでもないのに、歩くことが困難なほどに気持ち悪くなるそうだ。
彼女としばらく話をしている内に、実は結構前からよくあることだったと彼女は教えてくれた。
何だか大きな病気の可能性もあるので、医者に来てもらっても、医者は首を傾げるばかり。
夏が終わり、学校が始まる。
彼女は学校には来ないで、そのまま寝込んでいるらしい。
始業式の日に、いつものようにお見舞に行くと、彼女はいつもより落ち込んだような顔で僕に話し掛けてきた。
どうやら、自分のこの不調は酔いが原因かもしれない、と。
よくわからなかったので、丁寧に聞きなおした。
今、何て?
歩くと、体が振動して酔う。
乗り物に酔うみたいに、歩行の際の振動で酔う。
う~ん、ありえないだろう、と思ったが口には出さないでおく。
同情しておく。
彼女自身が言うのだから間違いないだろう。
乗り物に酔った時と同じ感覚に襲われるようだ。
それじゃもう彼女は寝たきりなのか?
彼女は一生酔いと戦わなくてはいけないのか?
僕はかなり困惑した。
頭をぐるぐる回転させて、それこそ酔いそうなくらい考えた。
鼻血が出そうなくらい考えた。
道をハイハイで進むわけにはいかない。
歩くのが困難なのだから、車椅子などはもっての他だろう。
杖を突いて、めっちゃゆっくり進む、とかどうだろう。
僕がいくら考えても、彼女の乗り物酔い(??)がよくなるわけではなかった。
僕が自宅で苦悶の表情で考えていると、すぐ隣に彼女が現れた。
まるで、パラパラマンガの中の一枚に唐突に描き足したかのように、違和感バリバリの登場の仕方だった。
パッ!! と現れて、驚く僕の顔を見て、彼女はニヤニヤしながら僕のベッドに腰掛けた。

「ワープ!」

彼女は満面の笑みでそう言った。
え?何それ?ギャグ?
彼女は出来の悪い子供に分数の足し算を教える教師みたいに、僕にじっくりと説いた。
自分が布団の中で念じて念じて念じまくったら、瞬間移動が使えるようになった、と。
う~ん……。
瞬間移動なら、体が揺れないので、何とかなるらしい。
移動も楽チンだしかなり便利、だって。

彼女は、ワープで登校してワープで下校する。
瞬間移動で喫茶店に現れて、瞬間移動で僕の部屋に現れる。

僕は彼女と付き合い始めて今年でちょうど3年になるが、未だにセックスをしていない。
彼女に、「無理、酔う」と言われたからだ。
嘘だと言ってくれ。