殺風景な部屋で毒を吐く少年

俺には次の8月で、付き合っていたら2年になる彼女がいた。
とても強く愛していて、大事な宝物。
高校生にしてはここまでに長い付き合いというのはめずらしい、らしい。

思い出はいつもキレイに磨かれており、光を放っている。
ただし、いつまでも汚らしく鈍いものも中に一つある。
父親だ。
彼女の父親だ。
俺が今まで生きてきた中で一番憎んだであろう男だ。




女というのは、男とは違う生物なんだとどこかで区別していた中学3年生の俺だった。
考え方の、プロセス、価値観がまるで男と違うのだ。
こんなんで俺は将来恋愛なんかできるのか、と不安だった。
そんな中で、俺は8月に彼女と出会う。

価値観の一致、愛らしい外見、優しい声、柔らかい手、理解力、知性、彼女の全てが俺の心を躍らせた。
俺は初めての告白を見事に成功させた。
ありえない話のように聞こえるかもしれないが、俺はその初めての彼女と、学校が違ってからも高校2年の4月までは順調だった。

何があったか話したい。




二人は強く結ばれていて、中学生の頃にはいつも一緒に行動していた。
でも一緒に行動できない場所があった。
彼女の家の近辺では俺らは他人のように振る舞い、離れて歩いた。
もし父親に見つかると厄介なので、一緒にいられないのだ。
彼女の父親は、考えが古く、娘が男と行動することを規制した。
そのせいで夏祭りだって、彼女は女友達と行くことしか許されなかった。
俺は遠くから彼女を見ることしかできなかった。
彼女はいつも俺と会う時は、父親に「嘘の予定」を告げて家を出た。
そして、携帯の電源を切ることを許されていない彼女は、俺とセックスをしている時でさえも父親から電話があれば中断して電話に出た。
メールもなるべくすぐに返していた。
数キロ離れている家から、父親は彼女に鎖をつけているかのように、行動を制限することが出来た。
邪魔をされていたのだ、俺と彼女の行動が。
奪われていたのだ、俺と彼女の時間が。
憎かった。心のそこから彼女の父親が憎かった。
彼女はもちろん彼氏がいるなど言えないから、そこそこ理解のある母親にだけは俺の存在を打ち明けていた。
そして、俺の存在など知るわけのない彼女の父親に、俺は姿を見せたことがなく、俺も見たことがなかった。
彼女が言うには、太い眉にガタイのいい体つきに、頑固そうな顔つきをした父親だったそうだ。
性格は几帳面で、忘れ物をしにくく理屈っぽく、思い込みで行動をするような人間だったそうだ。
まるで見たことのない父親だったが、いつもデートの途中に送られてくるメールの内容や彼女から聞いた話で、俺は父親の像をほぼ頭の中で完成させていた。
意地悪そうな顔で、娘を所持品のように扱う、冷血な人間。そんな父親を思い浮かべていた。




高校一年のある日、俺は予定を空けて、カレンダーをまっさらにしておいた日曜日に、「彼女と会う」と書き込んでいた。
彼女と2週間くらい前から約束していた日だ。
付き合い始めの時のように、胸を躍らせて俺はその日が来るのを待ちわびた。
学校もその日を思うだけでなんだか楽に過ごせたし、辛いこともすぐに忘れることができた。
そしていよいよその日がやってきた。
昼に駅で待ち合わせをしていた俺は、起きぬけにシャワーを浴び、身だしなみを精一杯整えてから外に出た。
新鮮な空気を胸に吸い込み、太陽のさんさんと照るさまや草木の青さにさえ感動し、俺は駅へと向かおうとした。
しかし彼女から行けなくなったとメールがきた。
俺は目の前が真っ暗になるような感覚がしながらもすぐに返信した。
詳しいことを聞きたかったのだ。


「どうしたん?」

「お父さんが出かけるぞって」

「それどこ?いつ帰るん?」

「車でどっか遠いとこ。夜になると思う」

「お父さんには今日のこと言ってなかったの?」

「友達と遊びに行くって言っといた。でも今日は断ってもらって今度にしなさいって」

「次にいつ会えるの?」

「わからない………」

「そっか。じゃあまた今度な」

「うん………。ごめんね」


俺はやつに彼女をさらわれた。
俺は愛する人を拐した男を憎んだ。
そして心の底の方で、やつの死を願う気持ちが生まれたのがこの時だ。
俺は彼女を愛するのと同じくらい強く、やつを憎んだ。




俺が高校2年の春休みに、彼女の父親は死んでしまう。
交通事故であっけなく。
飲酒運転のトラックに、乗用車に一人で乗っていたところを正面からやられ、即死だったそうだ。
通夜にも葬式にも俺は出ることが出来なかった。
あれほど強く死を願った男の死を知らされ、複雑な感情を体験する。
俺は父の死を語る彼女の泣き顔を見て、喜びの感情をついに隠すことにした。
彼女も、父親にはいつも嫌な思いをさせられていた。
やはり煩わしい思いで毎日を過ごしていたらしい。
しかし、その父親がいざ死んでしまうと、それよりもなお優しかった時の記憶が蘇ったそうだ。
通夜で彼女は母親に抱きつき、まるで赤ん坊のように泣きじゃくったそうだ。

葬式から1週間ほどが経ち、俺が彼女に会ったとき、彼女の目は赤く腫れていた。
なんだか俺は申しわけなく思った。
しかし、それでも邪魔者がいなくなったことを心から嬉しがった。
そして、その感情はひた隠しにして彼女に接した。
さも残念だ、可哀想だ、無念だ、という顔ができていたはずだ。
本心なぞ彼女には曝せなかった。

4月を迎え、彼女は些細な言動から、俺が父親の死を喜んでいることを悟る。
俺は必死に否定したが、それでもやはり体から滲み出てしまうほどに、俺は彼女の父親の死を喜んでしまっていた。
彼女が嘘をついて家を出なくてもいいようになり、休みの日も邪魔をされずに会えて、安心して一緒にいれる。
俺は彼女が父親を失って悲しんでいるというのに、心から一緒に感情を共有できずに、すれ違いをおこした。
彼女となんとなくギクシャクして、ついに5月に別れてしまう。
俺はまだ愛していたが、彼女がもう俺のことを心から愛することができない、と言ったのだ。

俺は例年より強烈な5月病に耐え、そして6月になった今、部屋で孤独に毒を吐いている。

本気で愛していたのに・・・・・俺はどうすればよかった?