制作日誌

今年の8月から新アルバムのための曲作りを細々と進めています。
その制作過程を自分用に書いていきます。
前回アルバムを作ったときに「過去の記録を読み返せたらよかったなぁ」と思ったのに、すっかり忘れてました。
今日から書き始めるということで、日誌は途中からのスタートになりますが覚えてる範囲で過去のことも書きます。

過去編から書くので、最初は少し長いですが、あくまで自分が読み返す用なので失礼。


2018年6月某日
シンセ(この日誌でのシンセは主に『KORG micro ARRANGER』のことを指す)のピアノ音源でいくつかの気持ちがいいコードを見つける。

7月某日
ばらばらだったコードを繋げ、間をとりもつ展開を考え、全体のサウンドの方向性を考える。
しばらく同じことの繰り返しで進まない。

8月某日
一気につながりが見つかり、曲としての形が見えてくる。
まずピアノだけをメトロノームに沿って録音し、そこにFLstudioで打ち込んだリズムパターンを重ねる。
そうすればあとは単純な作業に突入。
今年になって買ったギターを初めてちゃんと曲に使ってみる。
ここで思いのほか苦戦。弾けなくても聴けるよう工夫する。
オケが完成したと思ったが、何かが足りない。
もやもやしていたところに、シンセでウッドブロックを足してみたところグッと全体が締まった。

ホーンと歌を録音しよう、というときにおぼろげにアルバムの世界観が見えてきた。
歌詞を考えた時点で「(パーソナルでマテリアルな)夢そのものをモチーフにしよう」と決めた。
手始めに夢精をテーマに歌詞を書いた。
いつか見た思い出の中の肉欲の夢は、記憶の中で磨かれていつの間にか美しい結晶になっている。
バカバカしいけど、誰にも見せられない綺麗な色をしているそれを胸に秘めたままなのはなんだかもったいない。
罪悪感を飛び越えて明晰夢の中でもっと美しいものをかっぱらいに行きたい。


別の日、歌を録音。
たくさん空気を含んだ、息を喉にぶつけるような歌い方を試す。
普段とは違い、音量が小さくて高音が出づらい無理のある歌い方ではある。
しかし、マイクを通して聴くとボサノバ風のオケによく合うと思った。
元気よく、張り上げる歌い方はこのアルバムにはあまり使わずに、この新しい歌い方をどんどん入れようと思った。

8月10日
全ての編集が終わり「ガラスの海、鉄塔の雨」が完成。
しばらくオリジナルの曲が出来ていなかったので嬉しい。
前アルバム「グランバザール」の「フードコート」(3月あたりに完成)以来か?


8月某日
次の曲にとりかかるが、ピアノで同じコードをぐるぐると繰り返すだけで一向に進まない。

10月某日
ぐるぐると繰り返すだけで一か月以上経過。
あがた森魚のアルバム「バンドネオンの豹(ジャガー)」を思い出し、タンゴのリズムを漁って聴いてみる。
付け焼刃だが、大げさなスタッカートのタンゴのリズムで、ぐるぐると繰り返したコードをシンセのアコーディオンの音色で弾いてみると、みるみるうちに曲の全体像が見えてきた。
歌詞は「都合のいい理不尽、幸福な夢」をテーマにした。
「起き抜け一番なぞなぞタイム」は寝起きの自分の体が何をしたいのかをいつもわかっていながらできないような気持ちをファンシーに書けたと思う。

皮張りのタンバリンとカスタネットを買い、オケに足した。
オケのトラック数が膨れ上がり、最初の方に録音したものをバウンス次第消さなくては入らないほどに増えた。
原因は、聴こえるか聴こえないかのかすかな音量のコーラスに12トラック以上使ったから。
ほとんどを自宅で昼間に録りおえ、メインのボーカルもそのまま録音してみた。
しかし、メインのボーカルはどうしても自宅で録るとレックレベルを上げてひどい音になってしまう。
いつものカラオケで録り、何度もボツミックスを生みながら「ブエノスアイレスへ行きたい」完成。

着想から「作業」に突入するまでが長かったことと、トラック数が多くバックアップを取ったりバウンスの作業に時間がかかったことですごく疲れた。
イントロや曲中のセリフは、イタリアのカンツォーネのスタンダード「ロコへのバラード」をサンプリングしたもの。
不条理でシュールな男の歌。


10月某日
仕事中に、頭の中にコード進行とメロディーが突如浮かんできて、それが一日経っても消えない。
すぐにメモをして、ベースとreface DXのパッド音源、micro KORGのリードを録音。

別の日、家の中にあるものの音をサンプリングしてドラムセットを作るアイデアを実行。
ぬいぐるみをマイクで殴る=キック
ドアを閉める=スネア
水を流す蛇口を砥石で小突く=なんだ? オープンハイハット……スネア…わからん。
電車の走る音=ブラシでスネアをこする

FLstudioで生の音源のピッチを変えたりエフェクトを加えたり。
そのまま仮のオケにリズムを組み立てる。
リズムが完成すると、8分のルート弾きをしていたベースを変えたくなった。
催眠効果のある、全く展開をしない退屈なベースが気に入っていたが、退屈を通り越して手抜きに聴こえた。
頑なにキックとシンクさせ続ける、グルーブを生まない、別の退屈さを感じるベースを弾いた。

後日、トランペット3トラックとコーラス3、ボーカル2トラックを録音。
全てFLstudioにバックアップを取り、DAW上でバウンス。
それまでマスタートラックを編集するやりかたしか知らなかったので、トラックをミキサーに割り振ってそれぞれ編集する方法を調べて作業が格段に早くなった。

作業が早くなると、やりたいこともそれまで以上に試すので、結果的にスピードは変わらない。

10月24日
夜中に「アンテナ」完成。
夜の住宅街を歩きながら、ミックスを確認。
今までにない、一発で納得するバランスに仕上がった。

「出来上がってから何回も聴くうちに細部が気になりいじるのを繰り返し正解がわからなくなる」というので何度も苦しんでるので、サパッと決まるのはとても気持ちがいい。

「変わるチャンネル、撓(たわ)むアンテナ」始めは歌詞の順番が逆だったが、寝ているときに上昇するメロディーに対して「チャンネル」の「ル(母音U)」がハマらなかったので逆転させた。
因果の逆転が、結果的にアルバムの世界観にマッチすると信じて。
夢の中のガチャガチャした場面展開について考えていたと思う。

11月某日
ピアノから曲を作ると苦しくなるので、ベースから作り始める。
5拍子と7拍子がいったりきたりするパンキッシュな曲を思いつく。
次の日にボツ。


11月30日
ピアノに何気なく手を置いたときの不協和音を分解したメロディーにベースを足すと、あっというまに4分の6拍子の曲の土台が完成していた。
ベースラインはまんまピンクフロイド「MONEY」のオマージュ。
少しロック聴きますって人なら誰でもピンとくる程度にオマージュ。ああオマージュ。

reface DXの、少しとぼけたようなリードと、シンセのM1ピアノのシャキッとした音色がミスマッチでとても良い。

12月2日
フレットレスベースエフェクトをかけたベースを録音したが、音量のムラやとぼけすぎた音色が気に入らない。
ベースの弦がサビて音が全体的にもったりしていたので、新品の弦に交換して10分ほど試し弾きしてすぐに録音した。
金属のパキパキした音がまとわりついた思い通りの音になった。

DAW上でドラム音源を組み立ててみるが、気持ちのいいリズムが浮かばなかった。
先日見た「脚の骨を折られ悲鳴を上げる天使を見て欲情する」という夢を歌詞にしたい。
欲情の部分が核にならないよう「客観的に遠くから見聞きしているだけだが、主観的に細部の熱や痛み、感情を感じている」というアルバムの核になる「主体と客体が固定されない、そのときのカメラワーク」が如実に出る内容になりそう。
多面体の、という形容詞「ポリヘドラル(polyhedral)」というタイトルにしようか。

つづく。